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東京地方裁判所 昭和49年(モ)2805号 判決

債権者 三橋建材株式会社

右代表者代表取締役 三橋源作

右訴訟代理人弁護士 野田宗典

債務者 宇田川久雄

右訴訟代理人弁護士 露木茂

主文

一  債権者、債務者間の当裁判所昭和四九年(ヨ)第六六〇号不動産仮差押申請事件について、当裁判所が同年二月一三日にした仮差押決定は、これを取消す。

二  債権者の本件仮差押申請を却下する。

三  訴訟費用は債権者の負担とする。

四  本判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(債権者)

主文一項記載の仮差押決定を認可する、訴訟費用は債務者の負担とする、との判決。

(債務者)

主文一ないし三項同旨の判決。

第二当事者双方の主張

(申請の理由)

一  被保全権利

(一) 債権者は、生コンクリートその他の土木建築工事用材料の販売を業としている会社である。債務者は、土木請負を業とし、債権者と取引のあった申請外株式会社丸久宇田川組(以下、申請外会社という。)の設立(昭和四五年六月八日)当初からの代表取締役である。

(二) 申請外会社は債権者から左記1ないし5のとおり、生コンクリートその他の土木工事用資材を代金は、原則として、取引の翌月末日に四か月後を満期とする約束手形を振出して支払うとの特約で買受け、そのころその引渡を受けた(以下、1ないし5の取引を本件取引という)。

1 昭和四八年六月一日から同年同月二五日までの間に、代金計五九万六六五〇円相当量

2 同年六月二六日から同年七月二五日までの間に代金計九八万一四〇〇円相当量

3 同年七月二六日から同年八月二五日までの間に代金計二一万四三五〇円相当量

4 同年八月二六日から同年九月二五日までの間に代金計八七万四四五〇円相当量

5 同年九月二六日から同年一〇月二五日までの間に代金計六八万八九〇〇円相当量

(三) 申請外会社は代金1ないし5の取引による買掛代金の支払のため、その支払方法についての前記特約に基づき債権者に対して、左記①ないし⑤のとおり計五通の約束手形を振出した。

振出の

原因たる

取引

振出の日

(昭和・年・月・日)

手形金額

(円)

満期

(昭和・年・月・日)

1

四八・ 八・ 二

五九万六六五〇

四八・一一・三〇

2

四八・ 九・二六

九八万一四〇〇

四八・一二・三一

3

四八・一〇・ 二

二一万四三五〇

四九・ 一・三一

4

四八・一一・ 二

八七万四四五〇

四九・ 二・二八

5

四八・一一・三〇

六八万八九〇〇

四九・ 三・三一

(四) その後、昭和四八年一一月一五日になって、申請外会社は、同日が満期である右①の約束手形が決済不能である旨を債権者に通知しその書替を懇請してきたので、債権者はやむなく同年同月三〇日に右手形を満期を昭和四九年一月三一日とする約束手形に書替えてやったが、同年一二月三一日になって、申請外会社は同日が満期である右②の約束手形を資金不足のため不渡とし、倒産してしまった。そのため債権者は申請外会社から前記売掛代金ないしは各約束手形金の合計金三三五万五七五〇円の支払を受けることが不能となり、これに因って右同額の損害を被った。

(五) 申請外会社は昭和四八年六月以降は債権者から生コンクリートその他の土木工事用資材を買掛けてもその代金ないしはその支払のために振出する約束手形の決済をすることができなくなる虞れのある状態にあったものである。

本件各取引ないしは本件各手形の振出は、いずれも債務者が申請外会社の代表取締役の職務の執行として、これをしたものであるが、これをなすにあたり、債務者は前段に述べた事実を知悉していたものであり、かりにしからずとしても右の事実を容易に予見し得たにかかわらず、代表取締役としての注意義務を著しく怠ったため前記買受代金ないし手形金の支払ができるものと軽信して敢て右行為に出た。これによれば債務者は悪意または重大な過失によって申請外会社に対するその代表取締役としての任務を懈怠したものであるが、第三者である債権者が前述のような損害を被ったのは、まさに債務者の右任務懈怠の行為に因るものである。

(六) よって、債権者は、商法第二六六条の三第一項前段の規定により、債務者に対し前記金三三五万五七五〇円の損害の賠償請求権を有する。

二  保全の必要性

債権者は、債務者を被告として、東京地方裁判所に対し、前記被保全債権たる三三五万五七五〇円の損害賠償請求権の履行を求める本案訴訟を提起する準備中であるが、債務者は、別紙物件目録記載の不動産(以下本件物件という。)を所有しているものの、これ以外に目ぼしい財産を有しておらず、債務者は自己の生活のため、或いは新しい事業のために本件物件を他に処分したり担保に入れたりすることが予想され、したがって、後日債権者が本案訴訟で勝訴判決を得ても強制執行の目的を達することができない恐れがあるので至急執行保全の必要がある。

三  本件仮差押決定

債権者は、債務者を相手方として東京地方裁判所に対し、前記被保全債権の執行を保全するため、本件物件についての仮差押命令の申請をなしたところ、同裁判所は、これによる昭和四九年(ヨ)第六六〇号事件において、債権者に金一〇〇万円の保証を立てさせたうえ、同年二月一三日右申請を許容する旨の仮差押決定(以下、本件仮差押決定という。)を発した。

四  右仮差押決定は正当であるからその認可を求める。

(申請の理由に対する答弁)

一(一)  申請の理由一の(一)ないし(四)記載の事実はいずれも認める。

(二)  同一の(五)前段記載の事実は否認する。

申請外会社は昭和四八年一月から同年六月までの間に、債権者に振出した本件各手形以外の各約束手形は同年六月三〇日ないし同年一〇月三一日の満期にすべて決済している。申請外会社は、本件各取引の当時ないしは本件各手形振出の当時に、買掛代金ないしは本件各手形金の支払が不能になる虞れがある状態にあったものではない。申請外会社の倒産は、昭和四八年秋のいわゆる石油ショックに端を発した土木工事用資材の暴騰と品不足その他の申請外会社の力ではどうにもならない原因に因るものであった。

(三)  同一の(五)後段記載の事実中、本件各取引ないしは本件各手形の振出は、いずれも債務者が申請外会社の代表取締役の職務の執行としてこれをしたものであることは認めるが、その余は否認する。

本件各手形は本件取引によって発生した申請外会社の代金債務の支払いのために振出されたものであるから、たとえ本件各手形が不渡になったとしても、債権者が申請外会社からその振出を受けたことに因って損害を被ったことにはならない。

(四)  同一の(六)は争う。

二  同二記載事実は否認する。

第三疎明関係≪省略≫

理由

一  被保全権利の存否について判断する。

申請の理由一の(一)ないし(四)の各事実は当事者間に争いがない。

そこで債権者主張の申請の理由一の(五)の主張について案ずるに、≪証拠省略≫を総合すると、申請外会社すなわち株式会社丸久宇田川組は、いわゆる出稼ぎ労務者を雇って、土木工事の請負(元請又は下請)をすることを業とする会社であって、資本の金額は昭和四五年六月八日の設立当初は金二〇〇万円、昭和四七年一月以降は金五〇〇万円であり、資産としてはいわゆるプレハブの事務所一棟、労務者用宿舎三棟、車庫一棟その他相当台数の車輛やポンプ等をようし、中央信用金庫江戸川支店を取引金融機関として営業をしてきたものであって、昭和四七年度の年間工事受注高は約一億一〇〇〇万円に達したが、同年一二月末日現在の貸借対照表上は、二七六円の欠損であったこと、昭和四八年一月に東京都下水道局からの請負工事で同年七月に約二〇〇万円の欠損を出したこと、更に同年六月二六日に工事代金の回収不能その他に因って計二五五万円の損失を被ったこと、昭和四八年一二月三一日の倒産時における申請外会社の資産状態は負債総額が約三二〇〇万円であり少くとも一〇〇〇万円近い債務超過であったことが一応認められ、これによれば、債権者が申請外会社との間に本件取引をした昭和四八年六月一日以降同年一〇月二五日までの間における申請外会社の資産状態は必ずしも良好であったとは云い難いのであるが、さればといって右の間において申請外会社が債権者から本件取引量程度の土木工事用資材を買入れた場合、その代金ないしはその支払のために振出す約束手形の決済をすることができなくなる虞れがある程にその資産状態ないし経営状態が悪化していたものと即断することはできず、その他本件に顕われた全証拠によるも、この点についての疎明は不充分である。却って≪証拠省略≫を総合すると次の事実が一応認められる。すなわち申請外会社は昭和四八年一月以降も、同年一二月三一日に倒産するに至るまで、東京都下水道局江戸川区、東瀝青建設株式会社、宇田川工業株式会社、株式会社宮崎組その他の会社から、間断なく土木工事の元請又は下請の注文を受け、同年の年間工事受注高は前年を凌ぎ約一億五〇〇〇万円に達したこと、申請外会社は取引上約束手形を振出す場合は月末の日を満期としていたものであるが、昭和四八年一〇月三〇日に至るまではその収支はほぼ均衡がとれ毎月末日を満期とする支払手形もすべて滞りなく決済し、例えば、債権者から昭和四八年一月以降同年五月までの間に購入した生コンクリート、砂等の土木工事資材代金の支払のため債権者あてに振出した満期を同年六月三〇日、金額を四〇万三八〇〇円とする約束手形、満期を同年七月三一日、金額を四二万九八五〇円とする約束手形、満期を同年八月三一日、金額を七一万一九五〇円とする約束手形、満期を同年九月三〇日、金額を四一万八五〇〇円とする約束手形、満期を同年一〇月三一日、金額を一〇万八〇〇〇円とする約束手形についても、すべてその満期に決済していたこと、申請外会社は昭和四八年一一月末日を満期とする支払手形についても、そのうち本件①の約束手形及び土木工事資材のU字溝や抗の仕入先であった千葉窯業株式会社あてに振出してあった約束手形各一通についてだけは、資金繰りの関係上、同年一一月一五日ごろ各その所持人に懇請してその満期に昭和四九年一月三一日を満期とする約束手形に書替させてもらったが、その余の合計金額七一〇万余円にのぼる支払手形については、これを全部決済したこと、申請外会社は昭和四八年一二月下旬に至り、資金繰りに行き詰まり、同年同月三一日を満期とする支払手形については、その一部は決済したものの、本件②の約束手形を含めて合計金六五〇万円のものを不渡りにし遂に倒産したこと、右のように申請外会社が昭和四八年一一月以降資金繰りが次第に苦しくなり、同年一二月下旬には遂にそれに行き詰って倒産してしまった主たる原因はその頃に突発した石油価格の急騰に伴ってセメントその他の土木工事用資材が高騰し、且つその入手も困難となったため、申請外会社が当時宇田川工業株式会社から下請していた水道工事については請負工事量を半分以下に減らされたうえ工事追行の遅延を余儀なくされ、従って毎月二〇日締めで翌月一五日に支払を受ける工事出来高が予定入金額よりも相当に減額し、また申請外会社が当時東瀝青建設株式会社から下請していた街路築造等工事についてはその施工によって当初予定していた収入よりも相当に少ない収入しか挙げることができず、更に申請外会社がその頃株式会社宮崎組から下請した護岸工事については予定どおりに着工することすらできなかったこと等に在ったものと一応認められる。以上認定したところによれば、申請外会社の資産状態ないし経営状態が悪化したのは昭和四八年一一月以降であって、しかもそれは申請外会社としては予知し難い事由によったものと一応考えられるのであって、申請外会社は少くとも昭和四八年一〇月三〇日以前においては、債権者から本件取引量程度の土地工事資材を買受けても、その代金ないしはその支払のために振出す約束手形の決済をすることができない虞れがあるような状態にはなかったものと一応認められる。

ところで本件各取引ないしは本件各手形の振出は債務者が申請外会社の代表取締役の職務の執行としてこれをしたものであることは当事者間に争いがないが、前段認定のとおりであるから、先ず債務者が申請外会社の代表取締役の職務の執行として本件各取引をなすにあたり、悪意または重大な過失によってその任務を懈怠したものと認める余地はない。また、本件各手形の振出行為についていえば、たとえ、本件各手形ないしはその書替手形が不渡になったとしても、それに因って債権者が損害を被ったものということはできず、債務者が申請外会社の代表取締役の職務執行として本件各手形を振出した行為と債権者が被った前示損害との間には相当因果関係がないものといわなければならない。蓋し債権者が申請外会社の倒産によって損害を被ったのは債権者が本件各取引によって申請外会社に売渡した土木工事用資材の代価を回収することができなくなったことに因るものであって、右代価の支払を受ける手段として振出を受けた本件各手形ないしはその書替手形が不渡になったとしても、それは債権者が右手形金受領の形態による右代価回収ができなくなったことを意味するだけであり、それによって別個の新らたな損害を被ったことにならないこと明らかだからである。

右のとおりであるから、債権者の申請の理由一の(五)の主張は、その余の判断をなすまでもなく、失当というべきであって採るを得ない。

従って本件仮差押申請において債権者の主張する被保全権利については疎明がないことになる。

二  全疎明資料によるも債権者に疎明に代わる保証を立てさせて本件仮差押申請を許容するを相当とする事情も認められない。

三  本件仮差押申請を許容した本件仮差押決定の発せられたことは記録上明らかであるが、以上のとおりなので本件仮差押決定を取消したうえ、本件仮差押申請はこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮崎富哉 裁判官 比嘉正幸 仙波英躬)

〈以下省略〉

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